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井沢元彦氏の意見(1) [政治や歴史の話]

実は、小生が最も影響を受けた作家が、井沢元彦氏である。
井沢氏の著作は、殆ど持っている。井沢氏の政治スタンスや意見は大体分かっていると言えよう。
井沢氏の文章は、とかく分かりやすい。
意識的に書いているのだろう。論旨が明確である。
古めかしい書き方で読者を煙に巻くということが無いので信用している。

さて、久々に『サピオ』を購入してみた。最近は、中々購入していなかったが、面白い記事も多いと改めて感じた次第。
その83ページから、95ページまで、「朝日新聞よ、謝って済む話か!」という朝日誤報の特集を行っている。
井沢氏はその最初の3ページで、「朝日は報道機関ではなく扇動機関である」という題で文章を載せている。
井沢氏は、1995年に『虚報の構造オオカミ少年の系譜』という本で朝日の虚報体質を批判している通り、20年以上前から、朝日新聞批判をしてきた。韓国に批判的な意見を持つ諸兄には、お馴染みの内容かも知れないが、以下引用してみたい。因みに、多少平仮名を漢字に改め、分かりやすく鍵括弧を補った部分がある。


(引用はじめ)
「吉田証言」「吉田調書」誤報が生まれた根源的な理由はこれだ
朝日は報道機関ではなく扇動機関である
井沢元彦

なぜ朝日は虚報を繰り返すのか。その報道姿勢にかねてより疑問を呈してきた井沢元彦氏が、一連の問題を総括する。

朝日新聞に関する問題点の指摘と言えば、ただ一つである。それは朝日は基本的に「報道機関ではなく扇動機関である」ということだ。これさえ分かっていれば朝日新聞に対する全ての疑問は氷解するし、朝日とは何かと思い迷うこともない。
ちょっと古い話をしよう。80年以上前の話である。勿論私も生まれていない。所謂戦前の話である。戦前の日本(大日本帝国)は確かに異常な国家であった。その異常さが増幅され最後は国を滅ぼした。1945(昭和20)年の惨憺たる状態は日本人なら誰でも知っているし、それを繰り返すまいとするのは当然のことだ。
では戦前の日本はどこからおかしくなったのか。様々な曲がり角はあったが、その最も大きなものの一つに満州事変があったことは間違いないだろう。中国の一角に満州国という日本の傀儡国家を作ってしまったこと、そしてそれを維持しようとあらゆる無理を重ねたことが、日本の破滅に繋がったことは、おそらく朝日新聞の人々(以下これを朝日人と呼ぶ)にも異論はあるまい。ところがその無理に煽りに煽ったのが朝日新聞社であったことをご存じだろうか。

満州行進曲一番
過ぎし日露の戦いに
勇士の骨を埋めたる
中霊塔を仰ぎ見よ
赤き血潮に色染めし
夕日を浴びて空高く
千里荒野にそびえたり(二番~五番略)

満州行進曲六番
東洋平和の為ならば
我らが命捨つるとも
なにか惜しまん日本の
生命線はここにあり
九千万の同胞と
ともに守らん満州を
(引用者中:この曲は、1932(昭和7)年に発表され、作曲者は、当時現役の朝日新聞記者であり、満州事変の報道をしていた大江素天氏)

これは実は朝日新聞が戦意高揚のために大々的に募集した歌詞の当選作で、しかも作者は現役の朝日新聞の記者であった。要するにあまり良い作品が集まらず「プロ」が作ったということだろう。歌詞を見ると非常に「重い」が、作曲はそれこそプロが非常に軽妙な歌調にし、お座敷でもよく歌われたという。そしてこの歌はまさに朝日人が望んだ通り流行歌となり、国民の頭の中に「満州こそ日本の生命線、何があっても守らなければならない」というスローガンが刷り海軍や一部の識者が猛反対した日独伊三国軍事同盟や対米開戦が国民に熱狂的に支持されたのもこういう朝日人の作った下地があったからである。
勿論、公平を期すために言っておけば、こういうことをした報道機関は朝日新聞だけではない。戦前からのマスコミ人達は、戦後になって、「軍部の圧力があったから本当のことを書けなかった」と言ったが、殆どが嘘である。明治以来、戦争を煽り国民を熱狂させることが新聞人の手口であった。なぜ、そんなことをするかといえば、その方が新聞が売れるからである。
しかし大日本帝国の滅亡は彼らの考えを大きく変えた。さすがにまずいと思ったのだろう。特に朝日新聞は大きく方向転換をした。もちろん彼等なりに反省してのことではあろうが、今度は国家のことに徹底的に批判的であろうとしたのだ。要するに「政府も日本も悪」というスタンスで挑もうと方針を変えたのだ。
政府というのは何かにつけて国民を弾圧する「悪の組織」であり、日本という国は諸外国に比べて極めて「劣った国」だというスタンスである。これはお分かりのように戦前とは180度反対の姿勢である。戦前は、大日本帝国は「世界に冠たる正しい国」であり、それゆえ戦前の朝日新聞は(これは朝日だけではないが)、政府の方針は基本的に全部正しいという方針を取っていた。それが国を滅ぼしたという「反省」の下に、その真逆を行けば良いと思い定めたのである。これは要するに「扇動」の方向性を変えただけ、ということだ。子供じゃあるまいしバカな話である。
戦前の朝日の大失敗は大日本帝国を「正しい」と評価したからではない。そうではなく煽動ばかりして正確な情報を国民に伝えるというマスコミの本来の役割を忘れたからである。いや、そもそもそういう姿勢が朝日人にはなかったと言っていい。自分達は軍人や政治家以上に正しい見識で日本の将来を見据えているエリートであって、愚かな国民を指導すべき存在である、と考えたことが最大の間違いなのだ。
同じようにエリートで日本を正しく誘導していると信じていた軍人達(結局彼等のせいで日本は破綻したのだが)は、大本営発表と言う悪行をなした。昭和16年から始まった対米戦争でミッドウェイ海戦あたりから日本は敗北続きだったが、彼らは「勝った、勝った」という嘘の情報を流し続けた。そしてここが肝心だが彼等は悪いことをしているとは夢にも思っていなかった。なぜか。国民は彼等に比べて愚かな存在だと考えていたからである。事実を告げればパニックになるかもしれない、冷静な判断ができないし士気もダウンする。聖戦を完遂するという絶対の正義のためには、そのことは障害になる。だから本当のことは教えないし、それは正しいことだという論理である。
(引用終わり)

特にコメントを加える必要もない。長いので、続きは、第二部で。
タグ:政治
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